最初の数字に支配されるな|アンカリングとは?価格交渉で相手の物差しを使わない方法【営業交渉術137の原理 #021】

「今回の予算は100万円くらいです」

商談の序盤で、顧客からこう言われたとします。

自社商品の標準価格は150万円。

しかし一度100万円という数字を聞くと、営業担当者の頭には、110万円。120万円。頑張っても130万円。という数字が浮かび始めます。

ここで一つ考えてみてください。

なぜ100万円を基準に考えているのでしょうか。

競合が100万円だから?市場価格が100万円だから?顧客が100万円以上払えない客観的な理由があるから?

そうではないかもしれません。

ただ最初に、「100万円くらい」という数字を聞いただけ。

それなのに、その数字が交渉全体の基準になってしまう。

これが アンカリング です。

アンカリングとは何か

アンカリングとは、最初に提示された数字や情報が、その後の判断の基準になりやすい現象です。

アンカーとは、船を固定する「錨」のことです。

一度錨が下ろされると、船はその周辺から大きく離れにくくなります。

人の判断も似ています。

最初に100万円という数字を聞く。すると、その後の価格交渉が、100万円を中心に行われるようになります。

本来150万円の商品なのに、「100万円からどこまで上げられるか」という思考に変わってしまいます。

相手の数字に根拠があるとは限らない

顧客が、「100万円くらい」と言った。

その瞬間に営業担当者が考えるべきなのは、「いくらまで近づけるか」ではありません。

まず確認するべきなのは、その100万円には、どんな根拠があるのかです。

  • 予算枠が100万円
  • 過去に購入した商品が100万円
  • 競合他社が100万円
  • 稟議権限の境界が100万円
  • 何となく100万円くらいだと思っている

これらは全部意味が違います。

特に危険なのが、根拠のない数字を、そのまま正しい基準として受け入れてしまうことです。

「予算100万円」と「価値100万円」は違う

顧客が100万円と言ったからといって、その商品に100万円しか価値を感じていないとは限りません。

単に、「今のところ100万円くらいだと思っている」だけかもしれません。

商品の効果。導入後の利益。削減できるコスト。競合との違い。サポート内容。

こうした情報をまだ十分理解していない段階なら、100万円という数字は、顧客の最終評価ではありません。

営業側がその数字に引っ張られて先に値下げしてしまえば、自分から商品の価値を100万円近辺へ固定してしまうことになります。

価格を出す順番も交渉になる

アンカリングを考えると、価格を出す「順番」が重要になります。

例えば、顧客が先に、「100万円くらいでしょう」と言う。

営業がその後、「では110万円で」と答えれば、100万円が交渉の中心になります。

逆に、営業側が価値と根拠を整理したうえで、「今回の仕様では150万円です」と最初に明確な数字を出せば、150万円が一つの基準になります。

もちろん、何でも先に高い金額を言えばいいという話ではありません。

根拠のない数字を出せば信頼を失います。

重要なのは、自社側にも説明可能な基準を持つことです。

アンカーを打たれたら、すぐ値引きしない

顧客から、「予算は100万円です」と言われたら、すぐに、「では120万円ならどうでしょう」と返さない。

まず聞く。

「100万円というご予算は、どのように決められたのでしょうか?」

「他社様の価格との比較でしょうか?」

「今回の投資全体で100万円でしょうか。それとも初期費用の上限でしょうか?」

こうした質問で、その数字の背景を確認します。

数字に意味があるのか。ただのアンカーなのか。それを見極めてから交渉します。

営業側もアンカーを持っておく

アンカリングに影響されないためには、営業側も自分の基準を持っておく必要があります。

  • 標準価格
  • 市場価格
  • 導入効果
  • 投資回収
  • 類似事例
  • 原価
  • サービス範囲

相手が100万円と言っても、自社には150万円という根拠がある。

その状態なら、相手の数字だけに引っ張られずに済みます。

つまり、アンカーに対抗する一番の方法は、自分の物差しを持つことです。

価格交渉だけではない

アンカリングは価格以外にも働きます。

例えば、「納期は2週間で」と最初に言われる。

すると営業側は、「3週間なら何とか」と考え始めます。

しかし通常納期が6週間なら、そもそも2週間という数字が妥当なのかを考える必要があります。

発注数量。契約期間。成果目標。値引率。すべて同じです。

最初に置かれた数字が、その後の交渉の中心になりやすい。

だからこそ、最初の数字を軽く扱ってはいけません。

営業自身もアンカーに気づいていない

アンカリングの厄介なところは、影響を受けている本人が、それに気づきにくいことです。

営業担当者は、「自分で考えて120万円を提示した」と思っている。

しかし実際には、最初に聞いた100万円を基準に、少し上へ調整しただけかもしれません。

そのため商談後に一度、自分に問いかけてみるといいでしょう。

「あの数字を聞いていなかったら、私はいくらを提示していただろう?」

この問いは非常に有効です。

今日の実戦ポイント

今回覚えておきたいのは、先に基準を置け。相手の物差しで値段を決めるな。です。

顧客が出した最初の数字を、そのまま正しい基準にしない。

まず根拠を確認する。そして、自社側も説明可能な基準を持つ。

価格交渉で重要なのは、どこまで値下げするかだけではありません。

何を基準に、その価格を話しているのかまで見ることです。


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営業交渉術137の原理

このシリーズでは、交渉学・心理学・行動経済学・意思決定論・行動科学などから、法人営業の現場で使える137の原理を一つずつ取り上げます。

次回は、同じ価格でも「高い」「安い」の感じ方を左右する 「参照点依存性」 を取り上げます。

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