「600万円得します」でも顧客が動かない理由|損失回避とは?【営業交渉術137の原理 #035】

「年間600万円のコスト削減が見込めます」

導入費300万円。半年で回収できる。

数字だけ見れば、かなり魅力的な提案です。

営業担当者としては、「これなら導入してもらえる」と思うでしょう。

ところが顧客から返ってきたのは、「効果は分かりました。でも今年は見送ります」という答え。

なぜでしょうか。

600万円得するのに、なぜ動かないのか。

その理由を考えるうえで重要なのが、損失回避です。

損失回避とは何か

損失回避とは、同じ程度なら、利益を得る喜びよりも、損失を避けたい気持ちの方が強く働きやすいという人間の傾向です。

営業担当者は、「導入すれば600万円得します」と考えます。

しかし顧客は、違うものを見ていることがあります。

例えば、「切り替えで現場が混乱したらどうする?」「生産が止まったら?」「導入に失敗したら自分の責任になる」というリスクです。

つまり顧客は、600万円得する未来より、失敗して損する未来を強く意識している可能性があります。

営業が語る「利益」と顧客が恐れる「損失」

営業提案では、売上が上がります。コストが下がります。業務時間を削減できます。利益が増えます。といったメリットを説明します。

もちろん大切です。

しかし、メリットをいくら積み上げても、顧客が恐れている損失を処理できていなければ、意思決定は前に進まないことがあります。

「何が心配ですか?」を聞く

先ほどの工場の例なら、営業担当者が聞くべきなのは、「600万円の効果があるのになぜ導入しないのですか?」ではありません。

例えば、「導入するとしたら、一番心配なことは何でしょうか?」と聞く。

すると、「切り替えで現場が混乱することです」「トラブルで生産が止まるのが怖い」「社内で失敗案件にしたくない」といった、本当の障壁が見える可能性があります。

ここまで分かれば、営業側も対策を提案できます。

利益説明だけでは動かない理由

人は、「得する可能性」と「損する可能性」を同じようには評価しません。

だから、100万円得する可能性と100万円損する可能性が並んでいると、損失側を強く意識しやすい。

そのため営業側が、「メリットは十分説明した」と思っていても、顧客側では、「でも失敗したら?」が残っている。

このズレが、「検討します」「今回は見送ります」につながることがあります。

リスクを消す提案に変える

損失回避を理解すると、提案内容も変わります。

例えば、一括導入ではなく小規模テストから始める。導入期間を分ける。既存環境と並行運用する。サポート体制を明確にする。失敗時の対応を事前に示す。

こうすることで、顧客が恐れている損失を小さくできます。

営業の仕事は、メリットを大きく見せることだけではありません。

顧客が感じているリスクを小さくすることも重要です。

「何もしない」ことにも損失がある

そして、もう一つ重要な視点があります。

顧客は、新しいことをするリスクには敏感ですが、何もしないリスクには気づきにくいことがあります。

例えば、現状の非効率によって毎年600万円余計にかかっている。

何もしなければ、来年も600万円。再来年も600万円。3年間で1800万円。

これは、現状維持という選択によって発生する損失です。

脅すのではなく、選択肢を正しく比較する

ここで注意したいのは、「導入しないと大変なことになりますよ」と顧客を煽ることではありません。

それでは信頼を失います。

重要なのは、導入する場合の利益とリスクだけでなく、導入しない場合の利益とリスクも並べることです。

顧客が公平に比較できる状態をつくる。それが営業の役割です。

「変える怖さ」と「変えないコスト」

顧客が現状維持を選ぶとき、そこには、変える怖さがあります。

営業側は、「新しい方が良いのに」と思う。

しかし顧客側には、今まで動いていたものを変える責任があります。

だからこそ、変えるリスクだけを小さくするのではなく、変えないことで発生するコストも見える化することが必要です。

今日の実戦ポイント

今回覚えておきたいのは、得を語るだけで終わるな。変えない損失も見せろ。です。

営業提案では、「導入すると、こんなに良くなります」だけでは足りないことがあります。

相手は何を失うことを恐れているのか。その不安をどう小さくできるのか。そして、何もしなかった場合には何を失うのか。

ここまで整理すると、顧客は初めて選択肢を正しく比較できます。


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営業交渉術137の原理

このシリーズでは、交渉学・心理学・行動経済学・意思決定論・行動科学などから、法人営業の現場で使える137の原理を一つずつ取り上げます。

次回は 「現状維持バイアス」。「今のままで困っていない」と言う顧客が、なぜ変化を避けるのかを解説します。

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